DON'T TRY

20代で競争社会に嫌気がさし、ダウンシフター(減速生活者)となった男の雑記ブログです。

おいしい○○○に弱い

たとえば、おいしい牛乳とかに凄く弱い。

普通、おいしいものが食べたいし、飲みたいので、おいしいと書かれてるだけで、すぐ手にとってしまうし、高確率で買ってしまう。

しかも、おいしいって書かれているから、実際口にした時も美味しく感じてしまう。

なので、おいしい○○○に統一したらいいのではと思ってしまった。
戯言。

風邪気味の一歩手前

昨日から、風邪気味の一歩手前のような状態が続いている。
熱があるとか、鼻水が出るとか具体的な症状はないけど、もうちょっと無理したら風邪ひくだろうなというような状態だ。

微妙な倦怠感があるのとと嗅覚が少し失われているような感じがする。
なので、食事の量も少しセーブした。



風邪気味というと大体の人が理解してくれてるのだけど、風邪気味の一歩手前をわかってくれる人に会ったことがない。
説明が難しいけど、風邪気味というのは、体内に潜伏していた風邪のウイルスが徐々に我らの免疫系を冒し始めたというところだ。
なので、鼻水が少し出るとか、咳が出る、ふわふわする等症状として出てきている段階。
その一方で、風邪気味の一歩手前というのは、特に体調が悪いというのはないんだけども、五感が微妙に鈍感になってるとか、動くのが

億劫だったりという症状とはいえないもの出てくる。

いずれにせよ
明日は仕事があるので、早めに休もうと思う。

歩くと幸福感が増す

歩いてると、最初のうちはつまらなくても、どんどん気分が高揚して、どこまでも歩けるんじゃないかって思えてくる。

歩き出す前と歩いてる最中では気分的に全然違う。

ただ歩く。という行為がこれほどまでに幸福感を増すということを考えれば、幸せを得るということは、案外簡単なんだろう。

パワフルな人はなぜパワフルなのか

スーツに身を包み、外を歩き回り、契約を何件もとってきて、事務作業をした後、夜は接待。

完全に想像だけど、僕の中でのバリバリの営業マンだ。
そして、パワフルな人というと、僕はバリバリの営業マンを思い浮かべる。

なぜ彼らは、こんなにもパワフルなのだろう。その力はどこから湧いてきているのだろう。そして、その力の源泉は枯れることはないのだろうか。

動物愛護団体への違和感

僕は、それほど動物が好きではないけど、嫌いではない。
なので、人間の欲望のままに、動物を迫害することには反対だ。倫理的にも、地球の生態系的にも絶対、やってはいけないことだと思う

動物を大事にすることは、おおいに結構だ。

でも、僕は一部の過激な動物愛護団体には違和感を感じる。
彼らは、動物を愛護する代わりに、自分と同じ人間を迫害する。どことなく、歪んだ不健全なモノを感じさせる。

人間以外の、生き物は理屈抜きで同じ種の味方をする。種が滅ばないように。

じゃあ人間は、なぜ、身近な人をおろそかにしてまで、他の種を救おうとするのだろう。すごく不思議だ。

人間は知能が高いからかな。。。

ミニマリストとダウンシフターの違い

最近、というか数年前から、ミニマリストや断捨離という単語をよく耳にするようになりました。

一過性のブームかなと思っていましたが、どうやらこのまま定着していきそうです。

モノを減らして、支出も抑え、ストレスフリーな生活を送るというのは、とてもいいことだと思います。


ただ、僕としては少し違和感を感じてしまいます。

なぜなら、ミニマリストというのは、ただ単にモノが少ないとか、お金を使わないというのではなく、最小限であることに美意識を感じるヒトたちだからです。

たとえば、西洋の写実的な油絵よりは、白黒だけの日本の水墨画ミニマリズムを感じます。

つまり
より、シンプルなもの愛する感性を持っている人がミニマリストです。

極端な話ですが、家じゅうモノだらけのミニマリストもいることでしょう。しかし、もしその人が建築家で、豪華絢爛の家よりシンプルで最小限の機能を持つ家を設計することにコダワリをみせるなら、彼はミニマリストということになるでしょう。


ミニマリストかどうかというのはモノの多さではないのです。
美意識の問題です


それに対して、ダウンシフターとは、減速生活者のことです。
競争社会に身をおかず、野心を持たずに、少ないお金と自由な時間で幸せを追及するという人たちです。
diikot.hatenablog.com

僕は、典型的なダウンシフターです。基本的にシンプルなモノを好みますし、持っているモノも少ないですが、華やかな様式の絵画や建築に心奪われたりもしますし、食事だって飽きたら、いろんなモノを食べたい。


インターネット上などで、これは明らかにダンシャリアン(断捨離するのが好きな人)だなとか、ダウンシフターだろと思うことがよくあります。

ここ最近、ミニマリストという言葉が独自に解釈され、ひとり歩きしている状況だなと感じています。


さいごに
ミニマリストの本当の意味がわかってて、あえて「ミニマリスト」と名乗る”ビジネスミニマリスト”であれば、いいのですが、意味が分かってなくて、なんとなくミニマリストと名乗っていた人は、自分は本当はドレに属するのかなと考えるのも楽しいと思います。

大勢の人の中にいると、空気になりたいような衝動にかられるときがある

昔から、人の多い場所は苦手だ。


雑踏の中で人ごみにまぎれるのは、まだマシだけど、会話のキャッチボールを複数の人としながら、自分がナニを話さなければならないかを考え、適切なタイミングで言葉を発しなければならないというのが、ものすごく苦痛に感じる。

なんというか、じぶんの発言や挙動で場のタイミングが止まってしまうのが怖いという感じである。

いままで、みんなが順調に育ててきてた会話の流れというものが、あるひとりの発言で壊れてしまうといったところか。

なんとなく、バレーボールやサッカーなどのチームプレーを要する球技に似ている。
僕は、こういった集団でやる球技が物心ついたときから苦手なので、何らかの関係があるのかもしれない。

どっちが先に苦手になったのかは覚えてないけれど。